孫隆(読み)そんりゅう

世界大百科事典(旧版)内の孫隆の言及

【織傭の変】より

…これに対し,財政不足に悩む明朝は,宦官を派遣して徴税を強化しようとした。蘇州と杭州を担当したのは織造太監孫隆であるが,孫一味による収奪に反対して,6月3日,2000余人の労働者は行動をおこし,規律正しい組織的な闘争をくりひろげ,孫隆の追放に成功するとともに,重税で倒産にひんしていた機戸のために減税をかちとって,都市手工業労働者の力量を示した。事件後,首謀者として自首,のちに釈放された葛成は葛賢として尊敬され,彼の墳墓は今も蘇州に存在する。…

※「孫隆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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