安順菴(読み)あんじゅんあん

世界大百科事典(旧版)内の安順菴の言及

【安鼎福】より

…朝鮮実学派の学者,歴史学者。字は百順,号は順菴または椽軒。広州の人。科挙試のための学問を拒み,星湖李瀷(りよく)の学徳を慕ってその門下に入り,経史に明るい。李瀷の死後,少壮星湖学派に天主教(キリスト教)に傾倒する者が続出したが,反対派の攻撃の口実になることを憂えて,1785年に《天学考》《天学問答》(天学は天主教)を著して戒めた。その効なく彼の死後の1801年には辛酉(しんゆう)教獄が起きる。国王に招かれて若干の官職を歴任したが,晩年は著述や読書に専念し,師李瀷の文集《星湖僿説類選》を編撰したほか,編年体の歴史書《東史綱目》20巻や,《下学指南》その他の著作がある。…

※「安順菴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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