宋商人(読み)そうしょうにん

世界大百科事典(旧版)内の宋商人の言及

【博多】より

…また博多には博多警固所が置かれていた。11世紀ごろからは宋商人が国内荘園の港津に入港して,荘園領主や荘官と貿易を行ったが,とくに北部九州沿岸の荘園ではこれが顕著で,博多には多くの宋商人が居住して大唐街という中国人街を形成した。1151年(仁平1)には大宰府が筥崎(はこざき),博多の大追捕(だいついぶ)を行い,宋人王昇後家をはじめ1600家の資財物を運びとり,筥崎宮に乱入して正体,神宝物を押し取るという事件がおこった。…

※「宋商人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む