官費海外留学生規則(読み)かんぴかいがいりゅうがくせいきそく

世界大百科事典(旧版)内の官費海外留学生規則の言及

【留学】より

…なお留学国は,明治10年代半ばまでは,各分野とも欧米の各国にわたったが,しだいにドイツが多くなり,官費によるドイツ留学は明治後期・大正期の留学の主流となり,アメリカ留学は私費生が多くみられるようになった。文部省関係の留学生は,1882年〈官費海外留学生規則〉によって,東京大学の卒業生を中心とする留学となり,以後85年には,文部省直轄学校の卒業生・教員へと広げられ,さらに1917年以降の高等教育の拡張期には,新設・増設された大学,高校,高専などの教員養成のための留学も盛んに行われた。1882年以後の留学(官費)は,このように,高等教育機関の教員や研究者の留学を主体とするものであり,これは1922年に〈文部省在外研究員規程〉により,在外研究員制度へと切り替えられ,第2次大戦開始の41年に停止するまでつづいた。…

※「官費海外留学生規則」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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