寺崎玄雅(読み)てらさきげんが

世界大百科事典(旧版)内の寺崎玄雅の言及

【上桂荘】より

…また,周辺の禅宗寺院関係者による加地子名主職集積が盛んで,しばしば東寺の支配を妨げた。15世紀中ごろ,東寺は,隣荘革嶋荘地頭革嶋貞安を代官職および捨名主職に任じ,富豪僧寺崎玄雅らを名主職に任じて,彼らの力を借りて耕地復興,用水路修築などを行おうとしたが,用水管理,荘地経営の実権が彼らの手に移り,東寺の支配は一段と弱まった。また,用水路をめぐって,久世郷を始めとする西岡五箇荘とたびたび相論が起きている。…

※「寺崎玄雅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む