寺崎玄雅(読み)てらさきげんが

世界大百科事典(旧版)内の寺崎玄雅の言及

【上桂荘】より

…また,周辺の禅宗寺院関係者による加地子名主職集積が盛んで,しばしば東寺の支配を妨げた。15世紀中ごろ,東寺は,隣荘革嶋荘地頭革嶋貞安を代官職および捨名主職に任じ,富豪僧寺崎玄雅らを名主職に任じて,彼らの力を借りて耕地復興,用水路修築などを行おうとしたが,用水管理,荘地経営の実権が彼らの手に移り,東寺の支配は一段と弱まった。また,用水路をめぐって,久世郷を始めとする西岡五箇荘とたびたび相論が起きている。…

※「寺崎玄雅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む