尉那巌城(読み)いながんじょう

世界大百科事典(旧版)内の尉那巌城の言及

【山城】より

…国家形成期には村民や都民の居住地を防衛するための城郭とともに,住民の避難用の山城が造られるようになった。確認される最古の山城は,紀元3年に築城し,高句麗王都民を収容した尉那巌城である。4世紀までに,高句麗では山城がほぼ全土に築かれた。…

【朝鮮】より

…侵略に対抗する地域住民の活動を端的に示すものに朝鮮の集落構造,都市計画としての居城と山城(さんじよう)との組合せがある。例えば高句麗は,《三国史記》によれば,西暦3年に王都を国内(中国吉林省集安)に移し,尉那巌城を築いたとあるが,この尉那巌城は典型的な朝鮮式山城で,平地にある王都国内城には王宮,官庁,王都民の住居などがあり,日常生活は国内城で営まれていた。しかし,高句麗は遼東・楽浪両郡をはじめ夫余国などと対立していたので,異民族の侵入にあたって,国王,軍隊のみならず王都民を避難させる場所として,王都の背後の山岳に尉那巌城を築いたのである。…

※「尉那巌城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む