小倉山荘色紙和歌(読み)おぐらさんそうしきしわか

世界大百科事典(旧版)内の小倉山荘色紙和歌の言及

【小倉色紙】より

…和歌をよくした武将宇都宮頼綱もここにいて,その小倉山荘の障子(襖障子)に貼る色紙形(しきしがた)に,頼綱の依頼によって書かれたものという。そのため〈小倉山荘色紙和歌〉とも呼ばれる。100枚あったはずであるが,後世散逸して,江戸時代には30枚程度に減じていた。…

【小倉百人一首】より

…王朝和歌のアンソロジーとして室町時代ごろから重視され,現代に至るまで愛好者が多く,かるたとして楽しむことと相まって古典に親しむ契機となっている。なお,《小倉山荘色紙和歌》と呼ばれて伝わる定家筆の色紙和歌(小倉色紙)は,《明月記》に,天智以来家隆,雅経に至る歌人の歌を色紙に書いて蓮生に送ったとあることと対応するものとされるが,その段階で《小倉百人一首》が成立していたか,《百人秀歌》の段階のものか議論があり明らかではない。百人一首【奥田 勲】。…

※「小倉山荘色紙和歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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