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小子部栖軽 ちいさこべのすがる

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朝日日本歴史人物事典の解説

小子部栖軽

5世紀ごろ,雄略天皇に仕えたという説話上の人物。天皇が蚕を集めて来るよう命じたところ誤って嬰児を集めてきたため,天皇はその養育を命じて小子部連という姓を与えた。また,三諸岳(桜井市の三輪山)の神をとらえ,天皇を驚かせたというが,『日本霊異記』はこれを,天皇が后と婚合しようとしたところをのぞいたために与えられた難題としている。この一連の説話は,大王に近侍する一群の少年男子の存在を示唆するもので,小子部連はそのような少年男子を管理して大王に奉仕した伴造と考えられる。幼少時から大王に仕える経験を積んだ彼らは,成人後には大王直属の軍事力として活躍することが期待されていた。このことは,平城宮跡から「小子門」と記した木簡が発見され,小子部が宮城十二門号のひとつとして冠せられていたことからも確認することができよう。

(大平聡)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の小子部栖軽の言及

【旗】より


[日本]
 古くは旗は神を招き祭るものでもあった。熊野の有馬村で伊弉冉(いざなみ)尊を祭るとき鼓吹幡旗(つづみふえはた)が用いられ(《日本書紀》),小子部栖軽(ちいさこべのすがる)は馬上で赤い幡桙を手にし雷神を招いた(《日本霊異記》)。幡は神祭以外に仏教行事にも用いられ,《和名抄》で幡は伽藍具(がらんぐ)の部にも入れられている。…

※「小子部栖軽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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