世界大百科事典(旧版)内の小学校教則綱領の言及
【学校】より
…修身重視は,1879年の〈教学聖旨〉に示された,仁義忠孝を中心とした徳育こそ日本古来の教育の中心である,という考えにもとづくものであった。ついで81年には,小学校教則綱領が出され,各教科の目標・内容が示され,これにのっとって教科書がつくられることになり,同年,小学校教員心得も出され,両者を通じて〈尊王愛国ノ志気〉の養成が重視されるようになった。これらが自由民権運動を抑圧するためであることは明らかであり,学校は民衆教化の役割を負わされることになったのである。…
【歴史教育】より
…日本史の皇室関係の記述では,いたずらに美化することなく事実がとりあげられた。しかし,このような歴史教育は81年の〈小学校教則綱領〉によって転換を余儀なくされる。この綱領で内容は日本史に限定され,目的については〈務メテ生徒ヲシテ沿革ノ原因結果ヲ了解セシメ,殊ニ尊王愛国ノ志気ヲ養成センコトヲ要ス〉とされ,〈殊ニ〉以下が重視され,必ずとりあげるべき事項として,建国の体制,神武天皇の即位,仁徳天皇の勤倹,延喜天暦の政績,源平の盛衰,南北朝の両立,徳川氏の治績,王政復古があげられた。…
※「小学校教則綱領」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」