小野山荘(読み)おのさんそう

世界大百科事典(旧版)内の小野山荘の言及

【小野】より

…修学院にある赤山(せきざん)禅院は,慈覚大師円仁が泰山府君を勧請した社で,延暦寺別院である。もと南淵年名の小野山荘のあとで,一乗寺から比叡山の登山道〈雲母坂(きららざか)〉があり,この付近を西坂本と称し,軍記物語などにしばしばあらわれる。また,《源氏物語》では,柏木に死別した落葉宮が幽棲した所として〈夕霧〉巻に華麗に描かれ,山荘を訪れた夕霧大将の歌に〈里遠み小野の篠原分けてきて我もしかこそ声も惜しまね〉がある。…

※「小野山荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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