尻懸派(読み)しっかけは

世界大百科事典(旧版)内の尻懸派の言及

【大和物】より

…また,当麻派は当麻寺に関係があった一派といい,鎌倉時代中期の国行を祖とし,南北朝時代まで続き,国清,友清,友行,有俊らの刀工が知られている。尻懸派の居住地は手向山(たむけやま)八幡宮,天理市岸田町尻懸,宇陀郡御杖村尻懸など諸説があり,建治年間(1275‐78)の則弘を祖としている。しかし,則弘の作刀は現存せず,その子則長から室町時代まで代々の作を残している。…

※「尻懸派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む