屋地子(読み)やじし

世界大百科事典(旧版)内の屋地子の言及

【地子】より

…また1160年(永暦1)12月の伊予国弓削荘田畠検注帳によると,定得畠8町5反余に対して〈所当御油四斗二升八合八夕〉が賦課されているなど,種々の畠作物やその代納物が徴収されることが多く,1306年(徳治1)2月の山城国池田荘田畠検注目録案に〈一,畠柒町玖段廿,分地子壱貫伍百捌拾文(段別弐拾文)〉と見えるように銭納される場合もあった。 地子はまた屋地子と称して,市街地・宅地から徴する地代をも指した。《園太暦》に載せる1352年(正平7∥文和1)2月23日の後村上天皇綸旨が〈洛中民屋地子〉の停止を命じているのは一例である。…

※「屋地子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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