山内憲政(読み)やまのうちのりまさ

世界大百科事典(旧版)内の山内憲政の言及

【上杉氏】より

…この抗争は山内家の勝利に帰したが,その間に両家の対立の間隙を縫って新興勢力の後北条氏が上杉氏の武相の基盤を掘り崩して勢力を拡大しつつあった。1546年(天文15)の河越城の戦で山内憲政,扇谷朝定は連合して北条氏康と戦ったが敗れ,朝定は敗死,憲政は越後長尾氏のもとに逃れた。憲政の意を奉じた長尾景虎は,60年(永禄3)暮れ以降南下し,旧上杉氏の基盤を背景に後北条氏勢力と大規模な戦闘を繰り広げた。…

※「山内憲政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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