山台雑戯(読み)さんだいざつぎ

世界大百科事典(旧版)内の山台雑戯の言及

【朝鮮演劇】より

…儺礼都監あるいは山台都監をおいて追儺や山台劇を管掌し,中国使臣の迎接時や各種の宮中行事および地方官衙の宴楽などにも広範に催された。名称も山台雑戯,山台儺礼,儺戯などと混用されたが,内容は高麗時代のものとあまり違わず,1488年に来朝した明の使臣董越の《朝鮮賦》や,朝鮮の成俔(1439‐1504)の《観儺詩》などからうかがうことができる。李朝前期は国家新興の気運にあふれ,山台戯もその規模を拡大したが,壬辰・丁酉倭乱(文禄・慶長の役,1592‐98)と丙子の乱(1636)の両乱によって打撃をうけ,仁祖時代(1623‐49)以降は公的な行事としては漸次停止されていった。…

※「山台雑戯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む