世界大百科事典(旧版)内の山林学派の言及
【山林儒生】より
…そのため,鄭夢周は李成桂に殺され,吉再,金叔茲は山林に逃れて弟子の養成に専念し,朱子学を発達させた。そこで彼らは山林学派ともよばれた。世宗朝のころから,彼らの中で仕官する者もふえ,15世紀後半以降は,政治革新が叫ばれる中で,嶺南(慶尚道)の金宗直(金叔茲の子)を中心とするこの学派から,多くの人材が登用された。…
※「山林学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…そのため,鄭夢周は李成桂に殺され,吉再,金叔茲は山林に逃れて弟子の養成に専念し,朱子学を発達させた。そこで彼らは山林学派ともよばれた。世宗朝のころから,彼らの中で仕官する者もふえ,15世紀後半以降は,政治革新が叫ばれる中で,嶺南(慶尚道)の金宗直(金叔茲の子)を中心とするこの学派から,多くの人材が登用された。…
※「山林学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...