山林学派(読み)さんりんがくは

世界大百科事典(旧版)内の山林学派の言及

【山林儒生】より

…そのため,鄭夢周は李成桂に殺され,吉再,金叔茲は山林に逃れて弟子の養成に専念し,朱子学を発達させた。そこで彼らは山林学派ともよばれた。世宗朝のころから,彼らの中で仕官する者もふえ,15世紀後半以降は,政治革新が叫ばれる中で,嶺南(慶尚道)の金宗直(金叔茲の子)を中心とするこの学派から,多くの人材が登用された。…

※「山林学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む