山脇和泉元宜(読み)やまわきいずみもとよし

世界大百科事典(旧版)内の山脇和泉元宜の言及

【和泉流】より

…元光は大蔵流鷺流の芸系に加えられる日吉満五郎の教えを受けたと伝えられ,両流と同じ芸系にあることになる。元光の子山脇和泉元宜(もとよし)が1614年(慶長19)に尾張徳川藩に召し抱えられ,野村又三郎・三宅藤九郎らを傘下に加えて流儀を確立し,禁裏への参勤を主として京都での活動を続け,京流とも呼ばれた。宗家は代々山脇和泉と称し,元宜の後,元永・元信と継ぎ,元知の代に名古屋へ移住,元政・元喬・元貞・元業・元賀と継ぎ,明治時代になって元清が東京へ移住,元照・元康と継いだが中絶した。…

※「山脇和泉元宜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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