山西家(読み)やまにしけ

世界大百科事典(旧版)内の山西家の言及

【塩廻船(塩回船)】より

…他国船に依存するだけでなく,生産地周辺の塩廻船も少なくなく,とくに塩問屋などは,自船を持って塩の輸送に携わった。播州赤穂坂越の奥藤家,備前児島の野崎家,安芸竹原の吉井家,阿波斎田の山西家などが代表としてあげられる。例えば,山西家では1856年(安政3)4月から58年5月までの約2年間に138艘の塩廻船を扱っているが,山西家の持船を中心とする地元廻船が最も多く,ついで淡路船,下関船,紀州船,越前船その他の順である。…

※「山西家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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