島津惟新(読み)しまづいしん

世界大百科事典(旧版)内の島津惟新の言及

【島津義弘】より

…戦国時代の武将。戦国大名島津貴久の次男。初め忠平,号は惟新。法名松齢。1554年(天文23)大隅岩剣(いわつるぎ)城攻めの初陣以後,もっぱら島津氏戦国領国拡大合戦の前線にあり,朝鮮泗川の戦,関ヶ原の戦での敵中突破など多数の武功がある。近世島津藩では兄義久のあとを襲い1587年(天正15)より島津家17代の家督にあったとされている。朝鮮より陶工を連れ帰り薩摩焼を生み出した。【三木 靖】…

※「島津惟新」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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