左岸ウクライナ(読み)さがんうくらいな

世界大百科事典(旧版)内の左岸ウクライナの言及

【ウクライナ】より

…このためドニエプル右岸はポーランド領に,左岸(ただしキエフを含む)はロシア領となった。ロシア領となった左岸ウクライナには〈ヘトマンシチナ〉と呼ばれるウクライナ・コサックによる自治国家が18世紀後半まで約1世紀間存続することになる。このヘトマン国家はコサックの頭領ヘトマン(ロシア語ではゲトマン)を長とし,財政,外交,法律,軍事などの閣僚がヘトマンを補佐して政府を構成していた。…

※「左岸ウクライナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む