世界大百科事典(旧版)内の巫峡の言及
【三峡】より
…重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までで全長196km。その間が瞿唐(くとう)峡,巫(ぶ)峡,西陵峡の三つの峡谷に大別されることから,三峡と呼ばれる。山地の上昇運動に先行して下方浸食が営まれたことにより形成された。…
※「巫峡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までで全長196km。その間が瞿唐(くとう)峡,巫(ぶ)峡,西陵峡の三つの峡谷に大別されることから,三峡と呼ばれる。山地の上昇運動に先行して下方浸食が営まれたことにより形成された。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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