広東大元帥府(読み)かんとんだいげんすいふ

世界大百科事典(旧版)内の広東大元帥府の言及

【広東政府】より

…こんどは広東軍閥陳炯明(ちんけいめい)にたよったのだが,陳炯明の反乱でまた上海にのがれた。西南軍閥が陳炯明を敗走させたあと,三たび広州にはいった孫文は,まえの大元帥職をつぐという形で広東大元帥府(第3次広東政府,1923年3月~25年6月)を組織した。このとき中央政府をおさえた直隷派が約法と国会を回復したため,孫文はもはや護法をかかげず,また軍閥にもたよることなく,国共合作にもとづく新しい革命をめざしたのである。…

※「広東大元帥府」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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