世界大百科事典(旧版)内の広東錦の言及
【絣】より
… 日本で絣織が飛躍的に発達するのは江戸時代中期以降,とくに後期から明治にかけてである。遺品のうえでは7~8世紀の法隆寺や正倉院伝世の裂(きれ)のなかに〈広東錦(カントンにしき)〉と称される絣織の存在が知られている。これらは木目(もくめ)形や人物文をつらねた多彩な絹の経絣である。…
※「広東錦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
… 日本で絣織が飛躍的に発達するのは江戸時代中期以降,とくに後期から明治にかけてである。遺品のうえでは7~8世紀の法隆寺や正倉院伝世の裂(きれ)のなかに〈広東錦(カントンにしき)〉と称される絣織の存在が知られている。これらは木目(もくめ)形や人物文をつらねた多彩な絹の経絣である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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