弘智法印(読み)こうちほういん

世界大百科事典(旧版)内の弘智法印の言及

【即身仏】より

…入定信仰をいっそう確実に認識しようとして,空海の入定後も肉体は生けるがごとく,廟中に現存して,鬢髪や爪も伸びていたと語られ,これを入定留身(るしん)という。空海にならった入定は弟子たちによってもおこなわれたが,肉体がミイラ化して遺存したことが知られるのは,新潟県寺泊町野積西生(さいしよう)寺の弘智法印がもっとも古い。弘智法印は高野山で修行の後,西生寺の東,岩坂に庵住し,1363年(正平18∥貞治2)10月2日に入寂したが,そのミイラが現存し,今も弘智大師灯籠神事がおこなわれる。…

※「弘智法印」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む