張楚(読み)ちょうそ

世界大百科事典(旧版)内の張楚の言及

【陳勝・呉広】より

…このとき〈王侯将相いずくんぞ種あらんや〉とうそぶいたのは有名である。その後しだいに兵力を増して大軍となり陳(河南省淮陽(わいよう)県)に入城すると自立して,陳勝は陳王,呉広は仮王と称し,国名を張楚と号した。ついで反乱軍は秦都咸陽を目ざしたが,秦軍の反撃にあって挫折,呉広と陳勝は相ついで部下に殺害された。…

※「張楚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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