彦根寺(読み)ひこねでら

世界大百科事典(旧版)内の彦根寺の言及

【彦根[市]】より

…【井戸 庄三】
[彦根城下]
 地名の由来は,彦根山に活津彦根(いくつひこね)命が降臨したとの伝承による。平安・鎌倉時代,彦根山中の彦根寺が観音験所として京畿一円に知られ,白河上皇はじめ宮廷人の参詣もみられた。1601年(慶長6)関ヶ原の戦の軍功によって,井伊直政が封地18万石で現在の市街地の北東方にある佐和山城主となったが翌年死去し,嫡子直継は彦根山へ築城を決め,03年より22年(元和8)の間工事を進め,以後井伊氏歴代の居城となった。…

※「彦根寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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