彫物後藤(読み)ほりものごとう

世界大百科事典(旧版)内の彫物後藤の言及

【大判座】より

…また後藤四郎兵衛と一族は,金座・銀座のごとき勘定奉行の支配には属さず,ふだんは,彫物の関係で腰物奉行に属していた。大判座という名称も正規のものではなく,世間では〈彫物後藤〉でとおっていた。慶長・元禄・享保・天保・万延大判のほか,幕府数次の非常用金銀大分銅(ふんどう)の製作にもあずかっているが,また金銀掛けの天秤に用いる分銅の製作販売と,その分銅改めを行う特権をも認められていた。…

※「彫物後藤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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