改訂新版 世界大百科事典 「彰子中宮」の意味・わかりやすい解説
彰子中宮 (しょうしちゅうぐう)
→上東門院
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
→上東門院
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…平安中期の皇后。藤原道長の長女。名は彰子。法名清浄覚。999年(長保1)一条天皇に女御として入内,翌年中宮となり敦成(後一条天皇),敦良(後朱雀天皇)両親王を生んだ。紫式部が彰子に仕えたことは有名。1012年(長和1)天皇の死とともに皇太后,26年(万寿3)出家して門院号を受け,晩年は法成寺内に東北院を建てて住み,大女院と呼ばれ,国母と仰がれた。聡明・穏良の人柄でもあったが,晩年は肉親に多く先立たれて寂寥の影が濃い。…
※「彰子中宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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