世界大百科事典(旧版)内の御厨子所率分所の言及
【率分所】より
…1333年(元弘3)の〈内蔵寮領等目録〉には,山科家の管理する率分所として,京都東口の四宮川原関と長坂口関とがみえる。鞍馬口に設けられた万里小路家の管理する御厨子所(みずしどころ)率分所をはじめ,京都の入口にあたる七口には,内侍所,主殿寮,御服所,左衛門府などが率分所をもっていた。前述の〈内蔵寮領等目録〉によれば,このような率分所からの収入は,長坂口からは毎月2貫500文,東口四宮川原関からは毎月3貫文と薪300把であった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」