徳本寺(読み)とくほんじ

世界大百科事典(旧版)内の徳本寺の言及

【世直し】より

…この政言の殿中での刃傷(にんじよう)は私憤によるものであったが,当時田沼政治に強い不満をもっており,とくに賄賂(わいろ)政治を不正であると考えるに至っていた江戸市民の強い関心を引いた。政言は4月に切腹を命ぜられ,浅草の徳本寺に葬られた。政言刃傷事件とたまたま期を同じくして江戸の米価が下落したこともあって,江戸市民は政言を〈世直し大明神〉と称し,その神号を書いた数十本の幟(のぼり)が徳本寺の墓地に立てられたという。…

※「徳本寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」