恒居倭人(読み)こうきょわじん

世界大百科事典(旧版)内の恒居倭人の言及

【三浦の乱】より

…1426年,日本船の朝鮮での停泊地は富山浦(釜山)・薺浦(せいほ)(熊川)・塩浦(蔚山)の三浦とされ,朝鮮側はここに倭館を置いたが,はじめ日本人の三浦居住は認めなかった。しかし日本からの渡航船が増大するにつれ,三浦の長期滞在日本人が増大し,1436年,李朝政府は日本人の三浦居住を認め恒居倭人とよんだ。恒居倭人は日本船の入港に伴ってさまざまの商取引に従事し,60戸(206名)までとされたが,実際には制限数の7~8倍にものぼるようになった。…

※「恒居倭人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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