恵民河(読み)けいみんが

世界大百科事典(旧版)内の恵民河の言及

【漕運】より

… しかし,これにも限度があり,五代には後唐を除く4王朝がみな漕運の便利を考えて,黄河と運河との交点に当たる開封に都をおいた。宋も同様で汴河(べんが)によって南方の物資を輸送したのはもちろん,広済河(五丈河)と恵民河(蔡河)とによって北方の物資をも都の開封に集中した。そのため各路に転運司を,また要地に発運司をおいて財政・漕運を担当させたので制度は完備し,毎年中央へ運ばれる米穀は600万~800万石(宋の1石は約40kg)に上った。…

※「恵民河」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む