愛国政治同盟(読み)あいこくせいじどうめい

世界大百科事典(旧版)内の愛国政治同盟の言及

【国民協会】より

…青年に向けて運動を行ったり,天皇機関説攻撃などを展開したが勢力は弱かった。37年日中戦争勃発を契機に,小池四郎の愛国政治同盟,下中弥三郎らの新日本国民同盟などと日本革新党を結成し,日本主義勢力の結集を図った。(3)自由民主党の政治献金機関。…

【日本国家社会党】より

…皇道政治の徹底,国家統制経済の実現を唱えたが,右翼的民族主義と労働者運動との矛盾,時局便乗主義,組織的基盤の弱さなどのため混乱をつづけ,翌年夏には赤松派は日本主義に転向し青年日本同盟をつくり,平野の日本農民組合は皇道会へ移り,白鳥広近らの日本労働同盟は国家社会主義全国協議会をつくって四分五裂状態となった。残留派は陶山篤太郎を党務長に選んだが,34年愛国政治同盟(総務委員長小池)と改称し,36年解散した。【吉見 義明】。…

※「愛国政治同盟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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