懸棺葬墓(読み)かけかんそうぼ

世界大百科事典(旧版)内の懸棺葬墓の言及

【崖墓】より

…魏晋南北朝期のものは昭化県宝輪鎮の例では短い前室の後方に1室または並列した2室の棺室をもつが,概してこの時期の崖墓は後漢代のものに比して小型である。このほか,長江流域一帯に広く分布する懸棺葬墓(断崖の中腹に挿した木杭に木棺を置く葬俗)に,崖墓と同様の構造をもつものがあり,これは〈僰(ほく)人〉が漢族墓葬をまねて築いたものである。また,江西省貴渓,福建省崇安の武威山脈南北に,険しい断崖の自然の洞穴を利用した戦国時代の墓葬があるが,これは崖洞墓といい,崖墓とは区別される。…

※「懸棺葬墓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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