戴進賢(読み)たいしんけん

世界大百科事典(旧版)内の戴進賢の言及

【ケーグラー】より

…ドイツ生れのイエズス会の僧。漢名を戴進賢という。1717年(康熙56)に中国へ赴任し,北京で死去した。…

【中国天文学】より

…彼は《霊台儀象志》を書き,これらの器械の説明を行った。18世紀半ばの乾隆帝の時代にはI.ケーグラー(戴進賢)は3000個以上の恒星の位置を測定し,《儀象考成》に収録した。しかしイエズス会士は専門の天文学者でもなく,また乾隆帝以降のキリスト教弾圧でイエズス会士の渡来も極度に制限され,やがてヨーロッパ天文学の輸入もとだえるようになった。…

※「戴進賢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

7月10日は東京・浅草観音(あさくさかんのん)(浅草寺(せんそうじ))の結縁(けちえん)日で四万六千日という。この日に参詣(さんけい)すると4万6000日参詣したのと同じ功徳(くどく)があるといって信...

ほおずき市の用語解説を読む