拓跋宏(読み)たくばつこう

世界大百科事典(旧版)内の拓跋宏の言及

【魏晋南北朝時代】より

…以後南朝との対決が日程に上り,拓跋弘(献文帝)時代には宋の内乱に乗じて山東・河南方面に進出した。つぎの拓跋宏(孝文帝)が洛陽遷都を断行するに及んで,南北間の緊張は高まった。全中国の支配者たることを目ざす拓跋宏は,国家そのものを胡族中心のそれから,胡・漢の別を越えた普遍国家に改変しようとした。…

【孝文帝】より

…在位471‐499年。拓跋(元)宏。廟号高祖。…

※「拓跋宏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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