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揚巻∥総角 あげまき

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世界大百科事典 第2版の解説

あげまき【揚巻∥総角】

江戸時代の遊女の名。(1)京島原丹波屋の遊女。宝永年間(1704‐11)以前,万屋助六という男となじみ心中したとも,助六の仇を討ってのち薙髪し尼となったとも伝えるがさだかでない。1706年(宝永3)11月,京の早雲座《助六心中紙子姿》,大坂の片岡仁左衛門《京助六心中》で同時に舞台化され,09年ころに一中節《万屋助六道行》,また義太夫節《千日寺心中》が上演された。(2)江戸吉原三浦屋の遊女。この揚巻には3代ほどあるといわれ(《世事百談》),上方の総角助六に付会して,13年(正徳3)以来江戸に移入され(《花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)》),江戸遊女の張りと意気地を代表する歌舞伎十八番《助六》劇のヒロインとなった。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の揚巻∥総角の言及

【助六】より

…(1)万屋助六 元和年中(1615‐24)の京の俠客と伝える(《事実文編》)がさだかでない。宝永年間(1704‐11)に横死,また島原の遊女総角(あげまき)と心中したという。1706年(宝永3)11月,京・早雲座《助六心中紙子姿》,大坂・片岡仁左衛門座《京助六心中》で同時に舞台化され,1709年ころに一中節《万屋助六道行》,また義太夫節《千日寺心中》が上演された。さらに義太夫節《万屋助六二代(かみこ)》(1735),《紙子仕立両面鑑》(1768)が成立,上方系心中狂言の主人公として定着し,〈助六心中物〉の系譜をつくった。…

【助六由縁江戸桜】より

…歌舞伎狂言。世話物。1幕。通称《助六》。歌舞伎十八番の一つで3時間近く(現行1時間半から2時間)を要する華やかな大曲。1713年(正徳3),江戸山村座上演の《花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)》で2世市川団十郎が助六に扮したのが初演とされる。これ以前上方では助六と揚巻を脚色した歌舞伎や浄瑠璃が上演されており,江戸へ移されての初演である。16年(享保1),2世団十郎が2度目の助六を演じたとき,助六が曾我五郎と結びついた。…

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