教育勅語法制(読み)きょういくちょくごほうせい

世界大百科事典(旧版)内の教育勅語法制の言及

【教育法】より

…日本の場合は,1872年(明治5)の〈学制〉に端を発し,1890年代に大日本帝国憲法と教育勅語を主柱としてその骨格が確立された。〈教育勅語法制〉ともいわれる第2次大戦前の教育法制は,教育財政の分野を除いてそのほとんどが勅令(天皇の命令)とそれにもとづく行政立法によって構成されるという特異な性格をもっていた。そこでは学校教育そのものが天皇制国家の末端行政であるとされ,教育法規は行政法の一部分としての〈教育行政法〉にすぎなかった。…

※「教育勅語法制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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