世界大百科事典(旧版)内の文学革命論の言及
【中国文学】より
…そのきっかけを作ったのは,胡適が17年1月に雑誌《新青年》に発表した〈文学改良芻議〉で,形骸化した文語文にかわって俗語・俗字を使用し,〈今日の文学〉をつくろうというその主張は,大きな衝撃を与えた。ついで,陳独秀が〈文学革命論〉を発表してこれに呼応し,〈国民文学〉〈写実文学〉〈社会文学〉を提唱するにおよんで,〈文学革命〉は時代の合言葉となった。文学革命に最初の実体を与えたのは,魯迅の短編《狂人日記》(1918)であった。…
【文学革命】より
…中国文学の正統性を唐・宋にはじまる白話俗文学の流れにこそ認めるべきとも断じたこの論文は,〈改良〉あるいは〈芻議〉(未定稿)と標題しているとはいえ,まさに画期的・革命的なものである。 この胡適論文をいちはやく支持し,かつ文学革命の旗を正式に掲げたのが,《新青年》の主宰者でもあった陳独秀で,彼はその翌号に〈文学革命論〉を発表,当代の社会や文明となんら関係をもたぬ,美辞麗句をつらねただけの陳腐で難解な貴族古典文学を打倒し,社会現象をも反映する平易な国民写実文学の建設を提言した。それは,何ひとつ社会変革をともなっていない辛亥革命後の現状に目を向け,国民の精神領域での変革,儒教的倫理道徳の革命こそ真っ先の急務であるとうたったものでもあって,これにより文学革命は用語変革運動であると同時に,儒教倫理打破という使命をも帯びることになる。…
※「文学革命論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」