文室珍努(読み)ふんやのちぬ

世界大百科事典(旧版)内の文室珍努の言及

【文室浄三】より

…はじめ智努(ちぬ)王といい,717年(養老1)無位から従四位下,740年(天平12)正四位下となり,木工頭,造宮卿,造離宮司をへて,747年従三位,ついで元正上皇が没したさい御装束司となった。752年(天平勝宝4)文室真人を賜り,文室珍努とも称した。757年(天平宝字1)道祖(ふなど)王の廃皇太子に参画し,池田王を立てようとしたが,受け入れられなかった。…

※「文室珍努」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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