世界大百科事典(旧版)内の斉郡の言及
【淄博】より
…今もその遺跡は残り,周囲14km余の長方形の大城と,その南西隅に小城(周囲7km余)をもつ二重の城壁が発見されている。秦はここを征服して斉郡となしたが,項羽は斉国と改め,漢代にも王国の中心として重要視された。しかし南北朝時代,たび重なる戦乱に疲弊し,晋が江南へ移動して以来は特にはなはだしく,北斉のときには県も廃されてしまった。…
※「斉郡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の9月中 (9月後半) のことで,太陽の黄経が 210°に達した日 (太陽暦の 10月 23日か 24日) に始り,立冬 (11月7日か8日) の前日までの約 15日...