新禄古禄騒動(読み)しんろくころくそうどう

世界大百科事典(旧版)内の新禄古禄騒動の言及

【倉敷[市]】より

…この繁栄はおもに綿仲買によって新興してきた商人(新禄派)の力によるものであり,その結果寛政(1789‐1801)から文政(1818‐30)にかけて,従来諸特権を独占してきた13家の商人(古禄派)と彼らとの間に争論が起こった。この新禄古禄騒動は新禄派の勝利に終わり,以後政治・経済上の主導権は彼らが握った。明治以後,彼らの中から県下の大地主が輩出したほか,岡山における近代産業の嚆矢である倉敷紡績も彼らの資本を基に生まれた。…

※「新禄古禄騒動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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