日伊修好通商条約(読み)にちいしゅうこうつうしょうじょうやく

世界大百科事典(旧版)内の日伊修好通商条約の言及

【リソルジメント】より

イタリア文学【林 和宏】
【日本からみたリソルジメント】
 リソルジメントの時期の日本はまだヨーロッパから遠い存在で,イタリアとの直接の交渉はなかった。イタリアの派遣使節V.F.アルミニョンがコルベット艦マジェンタ号で江戸に着いて,日伊修好通商条約が締結されるのが1866年(慶応2)のことである。翌67年,パリの万国博覧会への出席と条約締結国訪問のために徳川昭武を代表とする使節団がヨーロッパに派遣され,イタリアにも滞在する。…

※「日伊修好通商条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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