日大闘争(読み)にちだいとうそう

世界大百科事典(旧版)内の日大闘争の言及

【学生運動】より

…68年のピーク時,全国大学の8割に当たる165校が紛争状態に入り,その半数の70校でバリケード封鎖が行われた。登録医,インターン制など医学部教育体制の改革要求に端を発した東大闘争,20億円の使途不明金問題をきっかけとした日大闘争がその頂点だったが,この未曾有の全国大学闘争は,69年1月18日学生の立てこもる安田講堂が2日間の機動隊との攻防で〈落城〉した東大をはじめとして,警察力によってしだいに沈静化させられた。 1969年後半,各大学の全共闘は影をひそめていき,再び中核,革マル派などの党派が学内でその姿を鮮明にしだし,それとともに学生の党派離れ,政治,運動離れの現象が芽生え出した。…

※「日大闘争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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