日本国大君(読み)にほんこくたいくん

世界大百科事典(旧版)内の日本国大君の言及

【大君】より

…江戸幕府が外交文書において将軍を表す語として用いた〈日本国大君〉の略称。3代将軍徳川家光のとき,朝鮮との国交修復に際し対馬藩主の宗氏が将軍の号を〈日本国王〉と改作した事件が起き,これを機に幕府は朝鮮に対し1636年(寛永13)来日の朝鮮通信使から〈日本国大君〉の称号を使用させた。…

【日本国王】より

…朝鮮側では,徳川将軍を足利将軍同様に日本国王と称したが,中国皇帝から正式に国王に冊封されていない将軍は〈日本国源秀忠〉のような従来どおりの称号で対応した。このため文書の書式をめぐって混乱があったが,林羅山の案に従って,朝鮮側では将軍を〈日本国大君〉と称し,将軍は〈日本国源某〉と書くことにきまった。ただ一度新井白石のとき〈日本国王〉号が復されたが,以後はまた大君にもどされた。…

※「日本国大君」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」