日田林業(読み)ひたりんぎょう

世界大百科事典(旧版)内の日田林業の言及

【日田[市]】より

…豪商たちは金融のほか,蠟絞(ろうしぼり),酢,糀(こうじ),みそ,しょうゆなどの製造・販売もしたり,周辺村落の村役人をつとめる者もいた。津江・大山筋の林業に手をのばす者も出て,のちの日田林業の基礎が形成された。 政治・経済的発展のなかで,諸国の文人たちの往来も繁く,俳諧などを中心に学問・文芸も発達し,いわゆる日田文化が成立した。…

【日田盆地】より

…古墳時代の遺跡が盆地周辺一帯に分布し,また条里制遺構も盆地床一面に残っている。 日田林業は,豊富な降水量と深い霧など樹木の生育に適した気候条件と,筑後川水系の水運の便を背景に成立した。明治中期までは樹芸林業(コウゾ,ハゼノキ,シュロ,クヌギなど)が主であったが,明治後期から杉やヒノキを中心とする用材林業に転換し発展した。…

※「日田林業」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む