日糖疑獄(読み)にっとうぎごく

世界大百科事典(旧版)内の日糖疑獄の言及

【疑獄】より

…そこで政党政治の推進者星亨は,東京市政疑獄などを通じて疑獄の中心人物ともなった。さらに官公需をめぐる政治と実業との癒着が進み,1909年には脱税問題に端を発した日糖疑獄が発覚する。14年には軍艦発注をめぐるシーメンス事件が発覚して海軍の一大スキャンダルと化し,海軍出身の山本権兵衛内閣が崩壊した。…

【大日本製糖[株]】より

…07年台湾での原料糖事業を開始する。その後一時疑獄事件(日糖疑獄)のため社内が混乱したが,09年三井財閥の藤山雷太(1863‐1938)が社長に就任し事態を収拾した。19年朝鮮製糖(1917設立)を,23年内外製糖(1920設立)を合併して,朝鮮およびインドネシアに進出し事業の拡大を図った。…

※「日糖疑獄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む