易地聘礼(読み)えきちへいれい

世界大百科事典(旧版)内の易地聘礼の言及

【朝鮮通信使】より

…日本側の費用は50万両とも100万両ともいわれる。そのため,12回目は天明の大飢饉により延期され,行礼場所も対馬に変更されて,1811年にようやく実施された(易地聘礼)。その後も通信使の派遣はたびたび計画されながら,財政難や外圧などのため延期され,実現しないままに明治維新を迎えた。…

【対馬藩】より

…だが大勢は変わらず,廃藩時には膨大な藩債を残した。また,1811年(文化8)国書交換が対馬で行われる(易地聘礼(えきちへいれい))など朝鮮外交にも新たな問題を生じ,欧米列強のアジア進出により1861年(文久1)ロシア軍艦対馬占領事件などが起こった。そのため藩の内訌も激化,1800年(寛政12)の百余輩事件,64年(元治1)の勝井騒動などが起こった。…

※「易地聘礼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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