星岡茶寮(読み)ほしがおかさりょう

世界大百科事典(旧版)内の星岡茶寮の言及

【北大路魯山人】より

…はじめ書家,篆刻(てんこく)家として名をなし,食客として長浜,京都,金沢などに逗留,各地で料理の研究もする。1925年東京赤坂山王台に同郷の友中村竹四郎と会員制の高級料亭〈星岡茶寮(ほしがおかさりよう)〉を開設,顧問兼料理長として天下に美食家の名をはせる。27年北鎌倉に星岡窯と住居を建設,荒川豊蔵などを招いてみずから食器の制作に専念する。…

※「星岡茶寮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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