昭和電工鹿瀬工場(読み)しょうわでんこうかのせこうじょう

世界大百科事典(旧版)内の昭和電工鹿瀬工場の言及

【鹿瀬[町]】より

…現在も会津盆地とのつながりが深い。1929年阿賀野川上流に豊実・鹿瀬両ダムが建設され,この電力と付近から産する石灰石を利用して化学肥料を生産する昭和電工鹿瀬工場(現,鹿瀬電工)が立地し,隆盛をみた。しかし,64年に発生した阿賀野川有機水銀中毒事件(新潟水俣病)の発生源となり,工場は縮小され,町の人口も往時の1/3となり,過疎化,高齢化が進んでいる。…

※「昭和電工鹿瀬工場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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