望都1・2号墓(読み)ぼうといちにごうぼ

世界大百科事典(旧版)内の望都1・2号墓の言及

【漢代美術】より

…内モンゴルのホリンゴール新店子1号墓には,前室壁面に孝廉により郎に推挙されてから各地の郡県の長官を歴任し護烏桓校尉に至った墓主の履歴をやはり車馬行列の姿で描いている。両墓と同様30~40m径の墳丘と3室以上の墓室をもった望都1・2号墓も河南尹と太原太守の墓に比定されており,これら大型墓が後漢代2000石級の身分の高級官僚が築きえた墳墓であったと思われる。これら大型墓は小型群集墓とは別の場所につくられ,後漢の身分制社会の造墓規制の一端をうかがうことができる。…

※「望都1・2号墓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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